3年間の道のり

高校1年生のときの「みらいの森」との出会い

3年間、リーダー実習プログラムを体験して先日、卒業を迎えた拓也くん。彼が児童養護施設に入所したのは、2歳の時でした。母親の病気での養育不能ということで、生後すぐに乳児院に預けられ、そこから社会的養護のもとでの生活が始まりました。母親との定期的な面会もありつつ、18歳の自立まで施設で生活を送り、今回巣立ちとなりました。

施設内では、年上・年下と年齢関係なくコミニケーションし、しっかりと自分のペースを活かして生活してきた拓也くん。小中学生の時には皆勤賞を受賞。まじめに物事に取り組み、気配りがきく上に、周りの人のアドバイスを上手に取り込む拓也くんは、施設の中でも皆にとても好かれる存在です。そんな拓也くんがみらいの森と出会ったのは高校1年生の時。アウトドアで繰り広げられる様々なアクティビティ、英語で盛り上がる世界中から来たスタッフ、様々な職種、背景、文化、考え方を持つロールモデルとの出会いは、彼の知るこれまでの世界にはなかった、まさに「別世界」そのものでした。

「自立」に焦点を当てた高校生プログラムに参加

みらいの森では、小・中学生向けのアウトドアプログラムと並行し、児童養護施設に暮らす高校生向けに、リーダーとしての活動とワークショップなどを行う「自立」に焦点を当てた年間プログラムを行なっています。施設退所後にスムーズな自立を迎え、自信を 持って社会で暮らしていくために必要な知識や技術、物事の見かたや考え方を、さまざまな体験を通して学んでいきます。また、 プロジェクトマネージメントやパブリックスピーキングなど、自立後の生活に直接活きるスキルを身に付けます。

拓也くんは、キャンパーとしての経験はないものの、第1期生としてプログラムに参加。全てが初めての体験の中、「国際色あふれるスタッフのテンションに圧倒されることもあった」と語る拓也くんですが、苦手を克服していきたいという意気込みにあふれていました。グループの1員として、割り振られた役割を着実にこなしてきた1・2年目を経て、「2年間、年上のリーダーについていく経験はできたので、最後の1年は自分がグループのリーダーになり、リーダーシップの発揮の仕方を学びたい」と宣言し、3年目のリーダーとなってくれました。3つの施設から集まった8人の第3期生チームのリーダーとして、個性が強いメンバーの意見をまとめ、チームとして進めていくことは彼にとって思ったよりも大変なことでした。「16年間に渡る施設生活で、拓也くんにとって、常にサポートしてくれる大人が周りにいて、ついていけばよい年上のリーダーがいる環境が多かったと思います。園や学校の行事やイベントはたくさんありますが、彼自身が、自分の意見や行動を自分で考え、決断し、周りを巻き込んで実行していく機会は、そう多くはありませんでした。」と施設職員さんは語ります。

想定外の状況に直面し、苦悩が続く

そしてリーダーとして迎えた4泊5日のサマーキャンプ。リーダー実習生は小・中学生のキャンプ生活のサポートから、沢登りやチーム対抗ゲームなどのアクティビティのサポートまで、責任を持って任されるタスクがたくさんあります。キャンプの核となるアクティビティを楽しく、安全にサポートするという役割を担うことは、リーダー実習生の学びと成長に直結する機会となります。

リーダー実習生チームとして任された、障害物競走のサポートでは、時間に余裕を持って準備することができず、直前に必要な備品が揃っていないことが判明。1人で探すことに必死になってしまい、リーダーとして他のメンバーの様子を確認すること、全体像を把握することができず、準備が間に合わず子どもたちを待たせる場面があったりと、結果的にチームとして100%の力を出し切ることができませんでした。アクティビティ担当のスタッフは「頼まれていたタスクの目的を考えれば、他のもので代用する、手があいているチームメンバーに備品を探す役を交換してもらい、私に相談に来るなど、解決策もあったけれども、本人には当時その余裕と、考え方がなかったようです。」と振り返ります。

何とかチームをまとめようと、限られたプログラム中の時間の中で、彼なりに、自分のいる状況を把握し、何をいま決めなければいけないかを考え判断できるように、また、チームメンバーに正確に伝えられるように、毎月のプログラムで意識してきました。しかし、メンバー全員が揃わない、自分が良いと思った意見に反論が来るなど、想定していなかった状況に対応することがとても難しかったようでした。「自分がどんなリーダーになればいいかわからず、何度も諦めそうになりました」と話す拓也くん。話し合いにおいても、みんなの意見を平等に取り入れようとするあまり、なかなか意見がまとめられず、同じ内容の話し合いの繰り返しになってしまい、チームメンバーの苛立ちもプレッシャーに感じてしまう悪循環に陥りました。

チームのまとめ役としての自信をなくして涙することも

その中でも、拓也くんが最も苦労し、また最も学びの多い場となったのが、3年目のファイナルプロジェクトでした。リーダー実習生だけで意見を出し合い、やりたいことを企画・計画から実行まで行うこのプロジェクトは、問題解決力やコミュニケーション、プロジェクトマネージメントなどだけでなく、チームとして動いていくことがとても重要でした。拓也くんがリーダーとなった3年目では、なかなか意見がまとまらず、やることの洗い出しと優先順位つけもうまく進められず、プロジェクトの実行自体も危ぶまれる時期もありました。1年目のみんなをまとめ引っ張るリーダーをお手本にしたり、2年目の自ら邁進していくリーダーのスタイルを少し試すも、自分には合わないということが判明。時にはチーム全体のタスクを自分一人で抱え込み、全体像が見えなくなる場面も多々ありました。プロジェクトを伴走しサポートしてくれたパートナーさんに「このチームにリーダーはいないの?全体を把握しているリーダーは一体誰なの?」と指摘され、返事ができなかったことが悔しく、涙を流す場面もありました。

 

試行錯誤することで得られた変化と成長

きっかけを掴めたのは12月。みらいの森のスタッフチームのように、文化や言語、年齢や考え方も違う人たちが集まり、それぞれの個性を生かした役割から生まれる相乗効果(synergy)が良いチームを作り上げるということが、ついに腑に落ちたようでした。拓也くん自身も、8人それぞれのメンバーの個性を見て、それぞれの強みを生かした役割の割り振りを意識し、1月のウィンターキャンプでは、サマーキャンプの時よりも格段にチーム内での情報共有が進み、「チーム」として動くことができました。「小さなミスはたくさんあったけれど、それぞれがサポートし合い、最終的にキャンパー、職員さん、LIT、みんなと一緒に楽しく終われたことがとても嬉しかったです」と振り返ります。

「真面目な性格なので、お願いされたことを全てこなそうとすると同時に、作業に集中してしまうと、周りが見えなくなるようで、施設での生活でも同じような場面がたくさんありました。リーダー実習プログラムを通して、変わったと感じたことは、1つのことに集中しても、一旦手を止め、周りを気にかけることができるようになったことです。リーダーとして、周りを見よう、問題があったらなんとかしよう、という姿勢を、たくさん見かけるようになりました。まだまだこれからではありますが、これをきっかけに、今後のさらなる成長が楽しみです。」と職員さんも話します。

「みらいの森」を駆け抜けた拓也くんの新たな挑戦

3年間を振り返り、拓也くんは、自分のリーダーシップのスタイルを「みんなの意見をしっかり聞き、みんなと一緒に少しずつ着実に進めていく」スタイルと呼びます。試行錯誤したファイナルプロジェクトも、2月中旬に無事実施でき、3月の修了式にはゲストの前で立派な発表を行い、3年間のプログラムも修了となりました。「この3年間で多くのことを学びましたが、最も実感できる変化は人前で話せるようになったこと、またリーダーという立場がどれだけ大変なのかを知れ、自分のリーダーシップの形が見えたことです。諦めかけたこともたくさんあったけど、3年間続けてきてよかったです。」

3年間寄り添って来たみらいの森キャンプスタッフも「彼と話していると、プログラムでの経験・学びを振り返る具体的な発言が多いのがとても印象的です。3年の間に学んだことを着実に積み重ね、自分のものにしているのがよくわかります。素直で少し控えめな性格の拓也くんが、自信を持った若者としてプログラムを卒業できるのは、その都度目標を立て、学びに積極的な姿勢で3年間のプログラムを堅実に頑張りぬいたからだと思います。」と彼の成長を誇らしく語ってくれます。

この3月で高校を卒業した拓也くんは、施設で暮らしている他の18歳と同様、4月から施設を退所して、自立生活を始めます。施設での生活から一変する新しい生活では、新たな人間関係を作り、責任を持って学校に取り組み、起こる問題に自分で対応しなければなりません。金銭管理や学校とバイトの両立、上下関係、もしかしたら、児童養護施設出身ということからくる偏見にも、1人で対応していかなければいけません。でも、試行錯誤を重ねながら、自立に向けて着実にスキルを自分のものにしてくれた拓也くんなら、きっと乗り越えられるでしょう。

「4月からは大学生になります。興味があり、英語が得意と言えるようになったこともあり、外国語学部に進みます。授業で英語を学びつつ、留学生や外国の先生と交流し、英語をしっかり身につけていきたいです。みらいの森でたくさんの活動に参加し、さまざまな気づきがあったように、大学ではボランティア活動のできるサークルなどにも入り、いろいろな取り組みに参加し、自分を磨いていきたいです。」

彼の背中を見て、次の世代のリーダー実習生が育ち、彼らが子どもたちのロールモデルとして活躍してくれる基盤を作ってくれた拓也くんの門出は、みらいの森としても1つの節目となります。拓也くんやその他の卒業生がいつでも顔を出し、小中学生の憧れの存在として、1つのお手本として活躍できるよう、みらいの森も継続して活動していきます。